勉強とは何でしょうか。辞書によると「学問や技術、芸能などを学ぶこと。」と書いてありますが、これでは勉強は楽しいものや嬉しいものではないような気がします。私は、勉強は楽しいもの嬉しいものだと思っています。
私は勉強を次のように定義しています。「勉強とは、出来ないことが出来るようになるプロセス、知らないことが知るようになるプロセス、解らないことが解るようになるプロセスです。」と言ってきました。
出来ないことが出来るようになることは嬉しい事です。バスケットボールのフリースローで、なかなか籠に入らなかった人が投げる度に入れば嬉しいでしょう。出来ない事が出来るようになるのは嬉しい事です。今までも出来てはいたが、もっと早く出来るようになったり、もっと楽に出来るようになれば、それも嬉しいはずです。
みんなが知っていて自分だけ知らない事があると、自分も知りたくて「何なの、教えてよ。」と言うでしょう。知らない事があると「何だ、何だ」と知りたがる野次馬と言われる人達も、いろいろ知りたいのです。知ることは嬉しい事だと思うのです。今までも知っていたが、もっと詳しく知れば、それも嬉しいでしょう。
解らない事が解れば、「ヤッター」と思うでしょう。数学の問題でも解らなかったことが解るようになれば、それは嬉しいでしょう。少しは分かっていたが、もっと詳しく解ればそれも嬉しいでしょう。
このように勉強とは嬉しいもののはずなのです。それなのに、「勉強はいやだ、勉強は嫌いだ」という人がいるのは何故でしょうか。それは無理にやらされたり、テストの結果が悪いと、「普段いい加減にやっているからだ。」と叱られたり、どうしてよいか解らないのに「しっかりやりなさい。」などと言われるからではないかと思うのです。
勉強は、嬉しい事ばかりでなく、やがて自分の為になります。勉強したことから応用して考えられるようになったり、正しい判断が出来るようになったりするからです。勉強するのは若いうちがいいです。脳は柔らかいし、元気があります。若いうちにしっかり勉強して、みんなが、やがてこの世を支える人になっていただきたいと思っています。
(校長 中山 理)
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