英国だより

第80回目-シェークスピア没後400年(2)-

前回のシェークスピアについての続きです。英語力が低下すると必ず彼の文学を大きく取り上げ、もっと学習するべきだと時の大臣や首相が訴えます。実際、今年早々にキャメロン首相がシェークスピア・リブズShakespeare lives in 2016 に寄稿していますので、ネットで見ることが出来ます。www.shakespearelives.org/about 彼の作品は識字能力の向上や英語学習の読み書きの教育機会の向上に利用されます。息子は彼の劇3作を学校で学びました。一人ひとり音読をしたり、先生が解説をしたり、時には現代訳が片面についている本で勉強をしたと説明していました。小学校では、真夏の世の夢 A Midsummer Night’s Dreamとヘンリー4世Henry IVを学び観劇にも出かけました。さらに、義務教育修了試験GCSEではロミオとジュリエットRomeo & Julietを学び、試験当日は本を見ながら小論文試験に挑みました。

シェークスピアはロンドンへ俳優としてやって来ましたが、その後は劇作家になります。時のエリザベス女王1世は劇がお気に入りだったことやイギリスの国力が高まるとともに芸術や文芸が花開く時期でもありました。イギリス・ルネッサンス黄金期の一翼を担い、観劇も盛んになりました。しかし、その後ピューリタン革命によって劇は衰退します。日本でも歌舞伎や能、狂言などといった芸能を楽しみますので、どこの国でも独自の文化や芸術があるものです。

昨年5月21日から24日まで蜷川カンパニーNinagawa at 80が主催する「ハムレット」と村上春樹作「カフカの海岸」Kafka on the Shore の2作が、ロンドンのバービカンBarbican Theatreで行われました。今回のハムレットでは、主演の藤原竜也さんによる素晴らしい演技とともに、日本らしい演出や衣装もあり評判どおりの劇でした。会場は満席となり、イギリス人たちが絶賛していました。先週、蜷川幸雄さんが亡くなったニュースを聞き、ほかの劇も拝見したかったので、本当に残念でなりません。ご冥福をお祈りします。

日本では1997年4月にシェークスピア・カントリー・パークをオープンしました。手元に日本航空の機内誌2000年8月版の英文の切り抜きがあります。千葉県丸山町にシェークスピアの生家Stratford- Upon –Chibaが再現された記事です。それには写真だけでなくロンドンまでは15600キロ、東京まで80キロの表示が写っていました。いつか訪問してみたいと思っていましたが、残念なことに2011年11月に閉鎖し、道の駅ローズマリー公園の一部になっています。確かに経営が難しかったのかもしれません。

ロンドンのグローブ座は、先日オバマ大統領が訪問しました。この劇場はヘンリー8世の公演中に炎上し再建されましたが、1644年にピューリタン革命の圧迫を受けて壊されから、人々から忘れ去られました。これを再建しようと考えた人物がアメリカ人のサム・ワァナメーカー氏Sam Wanamakerでした。1949年にロンドンを訪問して以来、この劇場を忠実に再現するという彼のライフワークは、亡くなってから4年後の1997年に完成しました。今では見学とともに観劇することが出来、昨年水曜日の「英国社会事情」コースを選択した生徒たちは、ベニスの商人Merchant of Veniceを鑑賞し感激していました。リージェント・パークでは例年7月から野外劇で彼の作品を鑑賞することが出来ます。

現在、大英図書館ではShakespeare in Ten Actsと題して9月6日まで彼の作品の解説と展示をしています。早速見学をしました。もともとは男性だけの劇団でしたが、1660年には女性も演じるようになり、オセロでは1825年に初の黒人俳優が登場しました。さらに、近代になれば映画、オペラ、バレエ、音楽会等にまで発展しています。また、先日も彼の全集の初版本であるファースト・フォリオが発見されて、まもなく競売されます。興味は尽きないことばかりですので、これを機会に再び生徒たちと観劇をしたり、演じたりしてみたいものです。