英国だより

第68回目-ピープスの日記-

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。

年末はパリのテロ事件の影響がありました。生徒たちには気を付けて外出するように注意をしました。警戒のレベルが上がったとしても、日常の生活がわかるわけでもなく危険に際しての心構えや行動を伝えるしかありません。だからこそ健康で普通の生活が出来るようにしたいものです。さて、どのような年になるのでしょうか。

今年もロンドンに住んでいることを楽しみ、身近な出来事や歴史を中心に紹介したいと思います。第一弾は日記です。新年にあたり、今年こそは日記を書き続けようと思っている人もいるかもしれません。息子が生まれると毎日日記をつけていました。しばらくは赤ん坊のために書くことが一杯あったわけではありませんでした。5年間記載できる日記帳は4行くらいで、前年と比較することが出来て楽しく、それほど負担になりませんでした。そのうちに息子自身が書いていましたが、その後どのようになったのかは不明です。

自分の日記が歴史に名を残し、出身校のケンブリッジ大学に保管されるとは思ってもみない人物がいました。サムエル・ピープスSamuel Pepysです。彼は1633年に生まれ、16歳の時に、ホワイトホール前で王様が処刑されるのを目撃しました。その後、次の王様が戴冠する行事も体験。さらに、歴史に残る疫病とロンドン大火があり、それらの出来事を詳細に書き残したおかげで、私たちはそれぞれの事件を一層深く知ることが出来ます。今のように記録することがたやすい時代ではなく、日本では江戸時代初頭のことですので想像できるかもしれません。回顧展が3月28日までグリニッジ海事博物館で行われています。彼の日記は10年ほど続きますが、目が悪くなり執筆を止めています。先日、本屋で手に取ってみると6センチほどもある厚い本で、抜粋した1665年(黒死病の流行)と1666年(ロンドン大火)の2大事件だけのものを買って読みましたが、その内容の詳細は驚くばかりで、よくこれだけ書けたものだと感心します。

ロンドン大火の歌は子供たちが幼稚園で習います。London’s burning, London’s burning. Fetch the bucket(engine),…聞いたことがあるかもしれません。さらに、出火したパン屋の近くにクリストファー・レンChristopher Wrenにより7年もかけて記念塔が建てられ、現在311の階段を登りロンドンの街を見下ろすことが出来ます。リフトがなく、途中に休憩所があるわけではありませんので、入場料が安くなっています。江戸の大火のように人々にとって恐ろしい事件だったのですから、レンもきっと人々に覚えてほしかったにちがいありません。今年は大火から350年目。9月には式典が行われるかもしれません。

彼を有名にしたのでは、海軍の再建に手腕を発揮したこともありましたが、なんといっても王を処刑して共和制へ、さらに王政復古という時流の生証人になりました。速記で日記を書くうちに、まさに自分でも思いがけずに歴史上の大事件に遭遇しました。彼が意図しなかった日記の公開ですので、私的な部分は暗号が使われていました。偉大な彼にちなんで通りの名前があり、お墓も保存されています。英語で日記を書いて実力をつけるようによく言われます。「受験サプリのやる気プラス」にあるドラゴン桜にも、日記を書いて英作文の練習をしようとありました。