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第87回目-ロンドン漱石記念館・ロンドン塔見学①

先日の「職員室だより」にも掲載したように、830日(火)の始業式後に全校でロンドン漱石記念館及びロンドン塔見学に行きました。校外学習の場所として選定した理由として、今年は夏目漱石の没後100年で来年は生誕150年という節目の年が相次ぐと同時に、上記記念館が今月で閉館という情報が6月頃に入ったからです。また、漱石がロンドン到着後すぐに見物したロンドン塔の感想をもとに描いた短編小説『倫敦塔』を読むことを夏季休暇中の課題としたからです。

 

なお、828日付の産経ニュースweb版では「ロンドン漱石記念館が9月で閉館 EU離脱の影響で前倒し」というタイトルで、以下の記事が掲載されています。

 

文豪、夏目漱石(1867~1916年)の英国留学に関する資料を展示するロンドンの「ロンドン漱石記念館」が9月で閉館することが分かった。手弁当で32年にわたり運営を続けてきた漱石研究家、恒松郁生さん(64)が28日、明らかにした。漱石は今年が没後100年。恒松さんは生誕150年となる来年まで続ける予定だったが、英国の欧州連合(EU)離脱を受け、ロンドンの不動産市況が悪化。閉館後に記念館が入るアパートの部屋の売却収入を見込んでいたが、価格は1割近く下落、好転する見通しはない。妻、芳子さん(56)と相談の上、1年前倒しすることになった。記念館は国費留学生として1900年から2年間、漱石が留学していた当時の街の写真や漱石の名前が記された国勢調査資料のコピーなど恒松さんが集めた多数の資料を展示。

 

当日は始業式終了後、バスでClapham Common向かって出発し、館長の奥様に館内をご案内頂きました。本来、記念館の開館日は毎週水曜・土曜日の2日間のみとのことですが、本学園のため特別に入館を許可され、生徒たちは非常に貴重な体験をすることができました。また、閉館の理由として英国のEU離脱が影響していると奥様から直接聞き、とても複雑な気持ちになりました。

 

後日、本学園図書室にある『こちらロンドン漱石記念館』(恒松郁生著、廣済堂、1994)を借り、あらためて読み返してみました。大学卒業後、恒松氏はホテル研修生として1974年に渡英し、5年間勤めて労働許可証が必要でなくなった時にホテルを退職、その後は旅行会社を経営して成功、そしてリタイヤを決意して1984年に漱石が最後に住んだ下宿先ザ・チェイス81番のはすむかいである80番の2LDKを借金して購入し、記念館をオープンさせた経緯を再確認しました。また、恒松氏はロンドン留学時代の漱石を研究しながら同時期ロンドンに滞在していた日本人画家・牧野義男についても感心を抱き、『霧のロンドン 日本人画家滞英記』(牧野義男 恒松郁生訳、サイマル出版、1991)を翻訳して彼の評価を高めることに貢献しました。

 

牧野義男は霧を描く際、自叙伝によれば「水中に1時間入れて吸い取り紙の様になし、その濡れている内に描く。乾くに従って近景を描く」という技法を独自に生み出し、昔のロンドンを奥行きある情景で表現しています。今回の記念館訪問を契機に、私は牧野義男が描いたロンドンの美しさに感動し、ますます英国に対する愛着が湧きました。